受験だから学校の授業は無駄というのは間違い~そもそも何のための受験?

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

受験期になると、学校の授業をそっちのけで、勝手に自習タイムになる生徒が増えます。

自分もそういうことがありましたが、基本的に授業中心でした。

これは私の性格上、何か中途半端にやるのが嫌だったため、なんとなく授業もちゃんとしようという理由だったと思います。

でも、思い返すと授業というのは受験対策になっていたと思います。

学校の授業が悪いんじゃない。生徒が悪い

学校の授業は受験対策にならないという印象があります。

分かりきっていること、基本的なことであり、塾や家庭教師で学ぶ内容より劣っていると。

しかし、この考えが成績アップ、勉強効率を落としていることと思います。

授業にしろ、塾にしろ、家庭教師にしろ、全て受け身になっているからです。何か教えてくれる、導いてくれる存在が重要であって、学ぶ側からのアプローチや姿勢について何も考えられていません。全て相手任せになっています。

だから、成績が伸びないから授業より塾優先。塾に通っているけど模試の成績が上がらない。だから塾を変えてみよう…

全て勉強というものを提供してくれる存在の「責任」になっています。

学校の授業を活かせないなら将来は仕事ができないリスクあり?

何のために勉強するのか?

だいたいは将来のため。つまりいい大学に入る。いい会社に入る。いい生活を送るため…などなど。

漠然としたイメージではこういうのが目的になるでしょう。

でも、いい会社に入れた場合であっても、この授業を軽視するスタイルでは問題が生じると思います。

社会人になると、学校のときと違って受け身で過ごしきれる生活ではなくなります。自ら考えて行動しない限り、周りに置いて行かれて出世しなかったり、上司から怒られたり、顧客からクレームが来たりなどが起きる確率が増えます。

言われたことをやるだけになっているからです。

こうなると、会社ではこんなことを教えてくれていなかった、部長は何も言わなかった…

会社が悪い、上司が悪い、同僚がおかしい。

じゃあ会社を辞めよう。転職しよう。自分の能力を活かせるのはここじゃない。

ものすごく極端な例を書きましたが、こういうことになりかえないと思います。

そのせいでしょうか。最近の若者は言われたことしかやらないなんて言われますよね。

学校の授業を聞かないのに進学する意味はあるのか

少なくとも、小学校、中学校、高校の授業はちゃんと聞いておいたほうがいいと思います。

なぜなら、その授業を聞かないで受験対策の自習する場合、一体何のために受験しているか分からなくなるからです。

志望校に合格するための授業放棄ですが、その志望校に行った場合に待っているのは授業です。

志望校が進学校であった場合、なぜ進学校なのかは授業に良さがあるからでしょう。それなのに、そこへ入るために授業を聞かないというのは、もはや学校ではなく進学塾に行こうとしているのと変わりがありません。

進学校と進学塾の何が違うかというと、勉強の内容自体では、細かなところを除けばおそらく変わりはないのではないでしょうか。

ただ、学校に行かずに塾通いした場合と比較すると、やはり学校に行っていたほうが人間的な成長は望めるでしょう。イジメなど暗いマイナスなこともありえますが。それに同級生との競争面もプラスに働きます。

塾でも似たことはありますが軽薄になります。

結局のところ、進学校だってベースは授業にあるわけで、その授業をいかに聞けるかどうかに意味があります。

授業の聞き方、活かし方を知っているかどうか?これが学校での成績の伸びに大きく影響します。

そしてこの授業をどう自分のものにするのか、という能力は、社会人になってからでも一生続く財産能力となります。受け身じゃないからです。与えられた環境から、自分で自分の得にになることを見つけ出せる能力です。

でも、授業は意味がないと聞かないで、塾や家庭教師任せが続くと、いつまで経っても本当の意味での学力は身につかないでしょう。

そしてこのようなタイプが、進学校に通いだして周りに付いていけず落ちこぼれになってしまうリスクがあるんだと思います。

学校の授業と教科書はいい受験対策のベースとなる

ゴミから何かを作り出すこともできます。でも人次第。

これって、軽視している学校の授業も同じ話ではないでしょうか。

私の場合、学校の授業は受験対策の柱のような感じでした。

学校の授業から模試の点数に直接結びつくような内容はなかったと思います。でも、授業から派生する応用問題が出題されないことはなく、何かしら基本となる教科書と結びつきがある問題が出題の中心となります。

かなりの難関学校が志望校であっても、出題内容がウルトラC級の応用問題で埋め尽くされているわけじゃありません。

結局のところ、やはり応用力がポイントとなります。

その応用力で非常に大事なのが、完璧すぎると言える基礎能力です。

私は学校の授業で教えられることで分かりきっていることでも、そこから受験対策に繋げることができました。

分かりきっていることでも、その答えの反対を思い出したり、関連、派生事項を思い出してみたり。そして思い出せなかったら調べる…ここが問われるならこっちも可能性がある、分からない、調べる…

といったことをしていました。

これを繰り返していると、教科書に沿った授業内容に枝がついていく感じになります。一つのキーワードを聞いただけで、こういう関連事項がある、こういう問題が問われる可能性がある…と一瞬で多数に展開します。

つまり、自分で問題意識を広げ、より応用力に必要な基礎や知識を身に付けることができたのです。

この勉強のやり方は、学校の授業をちゃんと聞くというのが最適でした。

ぼーっと聞いているだけでも、ああここは教科書では書いていないけど聞かれることがあるんだよ、この論点の派生があったけど…あれ?なんだったっけ?前まで覚えていたのに…もう一度覚え直さないと…

などなど、いくらでも勉強するべきポイントが見つかります。

そして、いざ本番で初見の応用問題が出てきた場合、学校の授業から広がった枝という枝が、脳の神経回路のように瞬時に繋がり、止まっていた手がふと動き出すのです。

学校の授業を聞かなくてもいいかな?と思えた二つの状況

学校の授業を聞かなくていいのは、受験直前期で苦手科目がある場合が一つあるでしょう。

どうしても数学がダメだから追い込みで時間を使いたいといった場合です。私は直前期にはどうしても時間をかけたい科目を優先して、授業をあまり聞いていない科目がありました。でも100%聞いていないのではなくて、先ほどのように枝が完璧かどうか確かめるために、ある程度確認しながらやっていました。

これ以外で授業を聞かなくてもいい場合は、教科書1つで受験に聞かれる重要ポイント、関連事項をほとんど説明できるレベルになっているときだけだと思います。教科書から自分で受験用の参考書を作れるくらいの状態です。

教科書というのは基本的でありながらよくできています。ただ受験のためにとなると記述が足りない部分があります。これを自分でびっしり埋めて受験参考書に改造できる人なら、授業は聞かなくてもいいのかもしれません。それでも、時間が経てば書き加えることがでてきたりします。そのきっかけが簡単な問題で気づいたことだったりするので、授業は無駄というのは相当の熟練者じゃない限りありえない気がします。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

SNSでもご購読できます。