解ける問題をもう一度解くことで本当の学力が身につく

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分からなかった問題が解けるようになった。

すると次の問題に進んだり、新しい範囲に手を広げる子、親は多いです。

でもそれはダメ。

できた問題にはまだ旨味が残っています。

問題はガムみたいなもの。

問題が解けたといってすぐにてを離してしまうのは、ガムの味をほとんど楽しまないで捨てるようなものです。

実は解答できた!解けた!だけに学力アップの価値はない

解けた問題をもう一度解くことに意味はあるのか?

と、再解答を嫌がる子は多いと思います。

しかし、もう一度解いてみることで解放への理解がより鮮明に深くなります。

また、解説の意味がもっとすっきり頭に入り直すことも。

問題を解く意味というのは、実は問題を解くことになく、解答するという技術や理解を身につけるただの媒介にしか過ぎないのです。

だから「解けた」というのは、達成感ややる気がみなぎる気分的なメリット以外に、その事自体に価値があるわけではない、と言っても過言ではありません。

勉強ができないなら、同じ・類似問題をひたすらやるべき

特に勉強ができない小学生や中学生ならなおさらです。

できない問題のレベルの少し手前の、一応できる問題の類似問題を繰り返し解くことで、次の範囲に無理無く進めるようになります。

これは勉強、問題を解くということへの恐怖感を拭いさることにも繋がります。

勉強の実力が身につかない理由に、自分の実力を直視できていない、とにかく早く先の範囲に進まないといけない焦りなどの恐怖感があります。

この恐怖感観念にさらされた状態で勉強をすすめると実力が全く身につきません。

解けた問題から得られるものが乏しく、ほんの少し応用された問題が出てきただけで手が完全に止まってしまいます。

でも同じような問題を繰り返し解いてきた子は、自分の今の学力レベルを直視できていますし、先に無理に範囲を進めてもダメだと自覚しています。

その中でその1つの問題から得られる知識を最大限吸収しているため、その問題を解答するための知識にとどまらず、もっと俯瞰してその問題を理解しています。

だから応用問題が出ても、どこに着目すればいいのか?という視点が備わっており、本当の意味での実力が身につきます。

同級生の学力は無視!マイペースで類似問題をやるべき

親が子どもの勉強を見てあげるなら、ちょっとしつこいくらいの類似問題をやらせるべきです。

その際に親が周りの子どもの学力がどれくらいなのか?うちの子は遅れているのか?という点はあまり考えないでほしいと思います。

他でも書いてありますが、特に小学生の時期の学力は周りから遅れていても全く問題ない時期です。中学生でも一気に巻き返す子がいるくらいですから。

この時期は周りと学力を合わせることが重要なことではありません。その先にもっとやってくる勉強の機会を乗り越えるための基礎、土台作りの時期です。

その観点から考えると、次々と新しい問題を解くことにあまり価値を感じなくなったのではないでしょうか?

あくまでもっと先のため。

親が子どもに家庭学習をさせるなら、親がこの点を理解しているかどうかで、子どもの勉強に対する苦手意識、問題を解くことに対する恐怖感が植え付けられるかどうかが決まります。

同じ問題、似た問題から重要なことを紡ぎだすプロセスと取り組み方。

これがあると、応用問題に対して立ち向かえる真の実力はもちろん、勉強以外でもじっくりとふりかかる問題に取り組めるようになり、落ち着いて必要な行動を選ぶことができる大人に育ちます。

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